Maurice Lacroix (モーリス・ラクロア) HP
(2005/4/17, 2005/11/2)
モーリス・ラクロアは,デスコ・ド・シュルテス社が1975年に立ち上げたメーカーです.メーカー名は,当時のデスコの役職者の名前から採ったそうです.2000年まではデスコの子会社でしたが,2001年10月に時計部門が独立しました.
1994/5年にアッセンブリ工房を,1999年にケース工房を近代化した上で拡張しました.この1999年ごろまではケース・文字盤ともに野暮ったいものも少なくありませんでした.ですが,ケース工房の近代化後,かなりケース・文字盤の質感が向上したと思います.
現在のモーリス・ラクロアの機械式時計には,機械式時計の価値を伝えるための「マスターピース・コレクション」と呼ばれるシリーズと,エントリーモデルである「ポントス」の二本立てになっています.1990年代に存在した「クロネオ」は2004年ごろ「マスターピース・クロネオ」となりました.
なお,マスターピースという名称を積極的に使い始めたのは,どうも1990年代後半のようですが,1993年には,1990年代末に販売されていたマスターピースの原型が(限定品を除き)かなり多く発表されていました.一方で1997年ごろにはアディダスと呼ばれていたモデルが後年マスターピースになったりと,名称の付け方が今一つ分かりません(^^;;;)...
実はマスターピースの証明書には,下に書いたようないわゆるモデル名は書かれてありません.単に「マスターピース・コレクション」と参照番号がかかれてあるだけです.ですので,モデル名は単なる通称のようです.
モーリス・ラクロアのマスターピースを世に知らしめたモデルが,1990年代に発表された,マスターピース・ムーンフェイズとマスターピース・ファイブハンズだと思います.両者とも汎用のETA製ムーブメントをベースに,モーリス・ラクロアで独自にモジュールを開発し,しかも比較的低価格で機械式時計の面白さを堪能できる時計だと思います.
最近,モーリス・ラクロアのマスターピースのバイブルとでも言うべきHPができました.その名も「The history and an overview of the MASTERPIECE COLLECTION」!ほとんどすべてのマスターピースが画像付きで掲載されています.以前ここで紹介していたモデル名の羅列は,このHPに換えるべく,消去しました.興味がある方は一読あれ.(2005/11/2)
現在のモーリス・ラクロアで最も危惧している点は,デスコから独立後(カランドリエ・レトログラード発表後),デザインの方向性が狂ってきている気がすることです.例えば,現行モデルのグローブは確かによい時計だとは思いますし,新しいファイブハンズやムーンフェイズもケース・文字盤の質感も以前に比べて上がったと思いますが,デザインが個人的には嫌いです.ちょっとモダンデザインに振りすぎだという気がします.しかもグローブは大きいですし...
何かと言われ続けたベルトのmマーク(まるでマクドナルド?)は,今のモデルには付いていません.ただ,mマークと共に「Tomorrow's
Classics」というテーマを忘れてしまったのでは,という気がします.現行時計を見ると,どうも「Tomorrow's
Modern」になってしまった気がします.
ですので,表題には皮肉を込めて,Until 1990s と加えています(^^).
さらに,価格帯は1990年代と比較して確実に上がったような気がします.1990年代にはメインの価格帯は20万円台で,30万円以内の魅力的なマスターピースが数多くありました.一方,現在(2005年)のモデルを見ると,30万円以内のマスターピースは,ファイブハンズとプゾー7046とクロネオだけになってしまいました...一方で,グローブ・レベイユが50万円強,グローブ・クロノグラフが50万円弱,カランドリエ・レトログラードが50万円弱,ダブルレトログラードが70万円弱と,ずいぶん高価な時計が増えたような気がします.
まぁ,これはラクロアだけではなく,時計業界全体に言えることですから,ことさら強調しなくても良いとは思うのですが,少なくとも1990年代はコストパフォーマンスに優れたメーカーと認識されていたので...その後,ノモスやエポスといったさらにコストパフォーマンスが高い時計が日本に本格的に輸入されるようになり,ブランドポジションを多少強引にでも上げている感じがしないでもありません...
2004年のバーゼルで,ヴィーナス175を搭載した金無垢のマスターピース・ヴィーナス175が限定品として発表されました.画像で見る限り,文字盤の意匠はなかなか興味深かったですが,実物を見て,その大きさに愕然としました.
さらに,オールドムーブメント搭載のマスターピースは,ヴィーナス188までは「オールドムーブメントのオリジナリティを尊重する」というポリシーがありました.ですので,以下に紹介するFHF29には敢えて耐震装置が入っていませんし,ヴィーナス188も17石でした.ですが,今度のヴィーナス175は,ジャッケ・エトアールのヴィーナス・インペリアルと同じ加石バージョンです.
ヨーロッパには,オリジナリティを尊重し,過度にリファインしなおしたオールドムーブメントに価値を見出さない傾向があると聞いたことがあります.一方,日本ではジャッケ・エトアールのヴィーナス・インペリアルをはじめとして,そのような傾向は少ないようです.ですので,マスターピース・ヴィーナス175は,強く日本を意識した時計だと感じますし,何よりメーカーの根幹となるポリシーの変更は,個人的には残念に思います...
また,これを最後に,デザイナーのルネ・パウマン氏も第一線から退き,代わりに若い2人となったようです.ですので,今後のモーリス・ラクロアはかなり心配です.案の定,2005年の新作モデルは,さすがに文字盤は綺麗ですが,ケースがすべて40mm径以上の大きな時計ばかりになってしまいました...
と書くと,現行モデルがすべて魅力が無いように感じるかもしれませんが,魅力的なモデルもないわけではありません.ジュール・エ・ニュイ,2004年の日本限定ムーンフェイズ,2003年の日本限定ファイブハンズのデザインは,なかなかのものだと思いますし,カランドリエ・レトログラードやカランドリエ・ダブルレトログラードは機能も凝っていると思います.
ただ,ジュール・エ・ニュイ,カランドリエ・レトログラード,カランドリエ・ダブルレトログラードは,ベースがETA6498であることもあり,ケース径は43mm,厚さがそれぞれ10mm,11.5mm,12mmとととても大きな時計ですし,後者2つの時計は高価です.一方,日本限定モデルは両方とも多少高価ですし,特にムーンフェイズの40mm径はやっぱり大きいと思います.
最近のモーリス・ラクロアは,デカ厚ブームの影響が大きいのか,どの時計も押しなべて大きくなってしまいました...これが個人的には残念です.特に,ETA/UT
6498 ベースの時計(ジュール・エ・ニュイ,カランドリエ・レトログラード,ダブルレトログラード)は,文字盤デザインが古典的でなかなか好みなだけに,ベースムーブメントを換えて,小型の時計を出してくれれば,と思います.例えば,ベースを
ETA/UT 6498 から ETA/P 7001 に変更したジュール・エ・ニュイなんて出せば,私としては万々歳なのですが,どうもこれも期待薄ですし...
さて,長々とモーリス・ラクロアの,特に最近のモデルに関する不満を述べてきましたが,以下では,1999年発表のマスターピースFHF29と,1998年発表のマスターピース・エナメルを紹介します.
前述したように,最近のモーリス・ラクロアの時計のデザインはモダンに振りすぎだと感じますし,古典的なデザインの時計は皆大きくなりました.ですので,この2つの時計は,古典的なデザインのまま,ケースと文字盤の質感が上がった時期に適正サイズで発売された,奇跡的な時計だと勝手に思っています(^^;;;).
このような時計は,今のデカ厚ブームが去らない限り(そしてそれはブームではなく一般化しそうなので可能性は低そう),ラクロアでさえ二度と作りえない時計だと思います.(2005/4/17)
Masterpiece FHF29 (マスターピース FHF29)
Ref. 35816
SSケース/革ベルト/縦35mm/横26mm/厚さ9mm/手巻き
1999年に限定で発売された,マスターピースFHF29です.限定本数はSSケース440本(うち日本入荷50本),YG+SSケース260本,YGケース100本の合計800本でした.名前の通り,FHF製の角型キャリバー29が搭載されています.2003年に購入しました.
ソリッドシルバーのギョーシェ文字盤にブルースチールのブレゲ針です.このギョーシェ文字盤はかなり綺麗です.正直,雑誌などの写真で見たときにはピンと来なかったのですが,実物を見て,かなり惚れこみました.
角型ムーブメントを搭載しているため,スモールセコンドが中央に寄っておらず,そのため,放射状のギョーシェのパターンが採用できたのだと思います.ローマ数字インデックスも相まって,なかなか古典的な顔つきです.ケースサイドがステップ状になっていますが,この辺りがただの古典の模倣ではない点だと思います.
シリアルNo.は034/440で,裏蓋に刻印されています.ムーブメントは,1933年から1963年まで製造された,角型手巻のフォンテンメロン(FHF)29です.サイズは8
3/4-12リーニュ(横19.85mm×縦26.35mm)です.
通常の17石手巻と異なり,二番車に軸受け石がない15石で,5振動,チラネジ付きテンプです.当時のそのままのパーツを使っているらしく,耐震装置は付いていません.地板にペルラージュ,受けにコートドジュネーブが施されていて,なかなか綺麗です.ガンギ車受けにまでペルラージュを入れたり,丸穴車と香箱に渦巻状の磨きを入れているのもラクロア流です.この当たりの仕上げのよさはさすがです.
受けの形状も,ガンギ車受けが独立し,縦長で四番車受けが曲線になっている輪列受けの形状はなかなかそそられます.また,テンプ受けも二番車と重なる部分は円形に削られています.さらに,受けは角が綺麗に面取りされていて綺麗です.
確かに当時は汎用だったのかもしれませんが,今改めて見ると,なかなか美しい角型ムーブメントです.なお,FHF29を搭載した時計には,クロノスイスの角型レギュレーターやホラ(角型ジャンピングアワー)がありました.なお,これらの時計はFHF29とFEF120が混在して販売されたようです.
それから,復刻された角型オールドムーブメントとしては,ETA735とETA736が有名です(735・736ともに,ETA製/FEF製/FHF製という情報があります.ここではETA製として話を進めます).ETA735は1930-40年代に製造された15石5振動のムーブメントで,受けの形状は,FHF29と似ていますが,輪列受けの先端部が少し異なります.
一方,ETA736はジャケ(Jaquet)736と呼ばれているものと同一で,もともとは1960年代に製造されていたムーブメントだったが,現在でもジャケ社で製造されているのだと思います.ただし,詳細は不明です.新造ムーブメントだと言われても,私自身は不思議ではありません.こちらは17石6振動で,両持ちのテンプ受けになっています.
いやぁ,やっぱりこの時計は,文字盤・ケース・ムーブメントと三拍子揃った,素晴らしい時計だと思います.私自身,この時計は手持ちの三針時計の中のベストウォッチの一つだと思っていますし,角型では文句なしにNo.1だと思っています.
もちろん,この時計よりも素晴らしい角型時計が存在するとは思います.ただ,シースルーバックと角型ムーブメントという制約を加えると,JLCのレベルソ・サンムーン,ポール・ピコのアトリエ1937,フィリップ・デュポアのタイム・オンリーくらいしか候補がなくなってしまいます.このうち,JLCはあまりに高価すぎ,ポール・ピコとフィリップ・デュポアは文字盤デザインが今一つ,という感じです.(2005/4/17)
Masterpiece Enamel (マスターピース エナメル)
Ref. 56785
SSケース/革ベルト/径35mm/厚さ9mm/手巻き
1998年に400本限定で発売されたマスターピース・エナメルです.シリアル番号は220/400で,これはケース裏に刻印されています.2005年に入手しました.私は中古を購入したのですが,驚くべきことに前のオーナーは2003年にこの時計を購入していました!発表後5年も残っていたとは...
私はこの時計を「1998-1999世界の腕時計大鑑」で最初に知りました.実はこの雑誌,時計好きになった頃に初めて買った雑誌の一つでした.ですので隅から隅までじっくり読みました.そのときからこの時計は気になっていました.
エナメル文字盤にローマ数字インデックスが刻印され,ブルースチールのブレゲ針です.文字盤外周のレイルウェイインデックスは,ランゲ&ゾーネ,クロノスイス,ジャッケ・エトアールなどのエナメル文字盤の時計では5刻みで菱形が刻印されているのですが,この時計ではそこに数字が刻印されています.
さすが自社でケース工房を持っているラクロアです.ケースは派手ではありませんがなかなか凝っていると思います.薄いベゼルのサイドはマット仕上げ,それから外周はサテン仕上げ,ラグも二段になっています.ただ,この時計にはケース側面に大きな傷がありました.だからこそ中古でも破格だったのですが...
ムーブメントは17石,6振動のユニタス6376です.正直,すでにジャッケ・エトアールのリスボン・ミディアムを持っていたので,同じムーブメントということもあって購入を多少迷いました.それに,いつかは欲しいと思っているクロノスイスのオレアと成り立ち・デザインが被りますし...ですが,実物を見て,特にそのムーブメントの仕上げのよさに感動して,迷いは吹き飛びました(^^).
実は,同じモーリス・ラクロアのパワーリザーブは実物を2002年頃に見たことがあり,実際に入手するチャンスもありました.そのときは,高価だったことと文字盤デザインが今一つ好みではなかったことから,入手を諦めました.ただ,そのときに見た極上仕上げのムーブメントを忘れることはできませんでした.そのことが,今回の購入を後押ししました.
ユニタス6376は何の変哲も無いただの三針ムーブメントですが,上のFHF29と同じく,ラクロア流の極上な仕上げが施されています.ガンギ車受けと地板にペルラージュ,受けにコートドジュネーブが施されていて,丸穴車と香箱に渦巻状の磨きが入っています.
特筆すべきは受けの面取りもしっかりなされていることです.これは,同じジャッケ・エトアールのリスボン・ミディアムと見比べると良く分かりますが,受けの角の部分が綺麗に落とされています.ムーブメントの見せ方も,リスボン・ミディアムよりもうまいと思います.
この時計,思いのほか気に入りました.やっぱりエナメル文字盤とブルースチール針の組み合わせは最高です(^^).しかも,ムーブメントがユニタス好きの私にとっては堪えられません(^^).
この時計を買って,一つ困ったことができました.それはクロノスイスのデルフィスとオレアを購入したい欲求が少なくなったことです.ギョーシェのFHF29にエナメルを入手した今,文字盤を見れば,デルフィスとオレアに十分対抗できる(?)逸品を入手できてしまったからです.
確かにデルフィスのエニカ製ムーブメントとオレアのマーヴィン製ムーブメントは気になります.ただ,デルフィスはあの特殊機能ゆえ気を使いそうですし,オレアはローマ数字インデックスの縦方向が少し縮小されていて今一つのびやかさに欠けると思っていました.ですので,オレアのアラビア数字文字盤の追加は,朗報でした(^^).
とにかく,デルフィスとオレアはセットで購入したいと考えていますが,そのためのお金もあるわけでもなく,しかも,モーリス・ラクロアで文字盤意匠は満足できたので,今のところはこの二つの時計は将来手にすることができれば,というくらいの考えに落ち着いています(^^).(2005/4/17)